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2007/02/18

『ボビー』(07' 02)

2月ももう中旬だというのに、ちっとも映画を見れてない。
見れてないのに、見た映画はどっちも「アカデミー最有力候補」と銘打った、
前評判がとても高い作品で、『しあわせの力』の試写を逃したのが悔やまれる。

と、逃した魚を嘆いていても仕方ない。

昨夜、機会に恵まれて見た『ボビー』は、主演級22人が出演する大作。
時は1968年、キング牧師が暗殺された2か月後の6月、カリフォルニア。
公民権運動とベトナム戦争の泥沼に腰まで浸かったアメリカで、希望の星・
RFKが暗殺される16時間前、アンバサダーホテルから、物語は始まります。

歴史の中でターニングポイントとなる瞬間はいくつもあるけれど、
その出来事の主役がそこに至るまで、当然のように数々のドラマがあります。
ボビーことロバーテ・F・ケネディがアンバサダーホテルで歓喜の声を響かせる。
その瞬間までの軌跡には、いくつものドラマがあるわけです。
けれど彼だけにではなく、その夜、そこに居合わせた人たちのそれぞれに、
同じように数々のドラマがあるのだということもまた、真実。

『ボビー』は、RFKの暗殺までを描いているけれど、
それは彼の人生だけを描いているのではなく、無名の、平凡な、
ふつうの人の人生にも同じだけのドラマがあることに気づかせてくれます。

けれど彼らの人生のそれぞれが、実際にアメリカを変えることはない。

それもまた、真実。
人の命の重さに軽重はないけれど、死んだのがボビーじゃなかったら…
「もしも」の先の結末はだれにもわからないけれど、
ボビーの死は、アメリカの進む道を、変えたのかもしれない。
アメリカは、「良心」を失ったのだと、そう思った結末でした。

正直、中盤まではダレていた。
作りは『ラブ・アクチュアリー』や『有頂天ホテル』を思い出させるし、
ねらってるのは何かと考えれば『クラッシュ』がすぐに頭に浮かぶし、
二番煎じ的な印象を感じずにはいられない、そんな流れでした。
あまりに多くの人間の人生を見せようとしたために、
上辺だけを見せているか、あるいは単に説明調になっているかで、
本当に生きている、悩みを抱えて人生と向き合っている生身の人間に見えず、
都合のいい、ドラマを盛り上げるだけの作り物の存在に見えて。

それが一瞬にして変わってしまったのは、
そういった多くの人たちが、ホテルの厨房で、ある一瞬を共有したとき。

これは、真実の力以外の何物でもない。
どんなに精巧な作り物でも、真実にかなうものはない。
真実の映像が、真実の音が、真実の声が、何もかも、全部を覆してしまう。

悲しくはない。
つらくもない。
嬉しくも、しあわせでもない。
なのに、涙がどうしても止まらない。
それは、「良心」が暴力的に奪われてしまったことへの哀悼なんだと。

アメリカの「良心」は、どこに行った。


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