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2008年3月

2008/03/30

『スパイダーウィックの謎』(28/100 '08)

携帯メールだったので『』を入れるのが面倒くさくて、
「スパイダーウィックの謎の試写会行かない?」と友人にメールしたら、
「『スパイダーウィック』の謎の試写会だと思った」と返事が来た。

謎の試写会!!!

ちょっと行ってみたい。

それは置いといて、『スパイダーウィックの謎』の試写会に行く。
ファンタジーというよりホラーだよ、的な話は聞いていたので、
ホラーだいっきらいな自分、だいじょぶかなぁと少々心配に。
でもファンタジーはすっごく好きなので、ここはガマンなのである。

『チャーリーとチョコレート工場』、最近では『ライラの冒険』のパンの声、
フレディ・ハイモアくんが双子の兄弟を一人二役で演じてるのだが、
これがしっかり性格も演じ分けているし、映像技術的にも無理がなく、
ほんとに二人いるんじゃないかと思います。小さいのにすごいなぁ、と。

CGもすごくて、ゴブリンとか大挙してくると、みんな同じじゃなくて、
なんだかえらく気持ちが悪いんだなぁ。。。
1時間半という上映時間も、中だるみせずにコンパクトにまとまっててよい。
ただし、ファンタジーだからと幼子を連れて行くと、夢に出るかも。

ハチミツ好きのシンブルタック、ほしい・・・

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『壽』(27/100 '08)

シネマート系列で開催中の「韓流シネマフェスティバル2008」で、
計画としては『壽』を見るつもりでいたのだが、
時間の空いたときにふらぁ〜っと行って見ようと思っていて、
チケも買わずに時間だけチェックしていたのであった。

それが突然に崔監督のティーチインが決まったと聞いて、チケを取った。

というわけで、26日に六本木まで行ってきました。

いやぁーーーーーーーーー、崔作品やなぁ、というのが第一声。
これまでのチジニのイメージじゃないので、ちょっと焦ります。
ともかく終止力が入りっぱなしで、血とかけっこう厳しい身には、
かなりハードな映画でありました。終わったら肩凝ってた。

だがしかし、上映後に出てきた監督はとっても優しげで、
大人の男性がもつ「子どもらしさ」がステキで、
どこからあのハードなのが出てくるんだろうかと不思議。

これはもう、韓国映画だとか韓流ファンだとか垣根を作らず、
ふつうに崔監督作品だと思って、みんな見てくれたらいいのに、と思う。
そんなふうにして、ふつうに上映できないもんだろうかと、激しく思う。

体力があるときに見ないと、消耗します。
とくに崔監督作品に慣れていない女子。

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『光州5.18』(26/100 '08)

5月公開の本作を、試写で見る。

歴史物と思って見たのだけれど、むしろ娯楽作品だったかも。つまり、
『ホテル・ルワンダ』だとか『ラスト・キング・オブ・スコットランド』だとか、
埋もれてしまいそうな歴史の側面に光を当てて、
加害者を含む当事者だけでなく、知らないこともまた罪なのだと、
そう告発するような映画なのかなぁと思っていたのだが、違った。

もっとエンタメ感満載で、アクション&メロ、ってかんじでしょうか。
ただし、日本人的には知らない事実も多かったので、
それを脚色はあるにしても、映像で見るということには価値があると思う。
韓国の人たちはこれをどう見たのか、気になるところではある。
大ヒットしたというのは、エンタメ作品としてヒットしたのか、
それとも歴史の事実を、ある郷愁を持って見たのか、
あるいは知らなければならないという義務感を持って見たのか。

時期を同じくして、イムサンス監督の『懐かしの庭』も公開されていて、
なんだかんだと比較された、というようなことを聞いたことがあるけれど、
どちらも見た個人的意見としては、どちらも見るべし、かな。
まったく異なる映画なので、比べることは無意味なのだが、見るべし。

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『黒い土の少女』(25/100 '08)

またもやしばらく放置してしまった。
春先は、毎年仕事が忙しいのである。と言い訳しておこう。

15日に、渋谷に『黒い土の少女』を見に行く。
「反韓流」という強気な冠掲げた韓国アートフィルム・ショーケース。
アート系の監督作品で、あちこちの映画祭にも出品した作品群。
裏を返せば、商業ベースには乗りにくい作品、ということでもあるのだが・・・

なんとも救いのない映画だったなぁ、、、

主人公の少女は8歳で、母親はいなく、炭坑で働く父と、
軽い知能障害を持った兄との3人暮らし。幼いながら、母代わりの彼女。
でも、貧しいながらもしあわせな生活。

ところが父親が塵肺症を発症して炭坑をやめざるを得なくなり、
かといって炭坑の街ではそれ以外の仕事をやすやすと探せる訳もなく、
なけなしの金で手に入れたトラックで物損事故を起こして、
再開発に引っかかった家からは立ち退きを要求されて、
もうにっちもさっちもいかなくなって、行き着いた先が「酒浸り」

少女は、家族を守るんだと決めた少女は、
けれど8歳の幼い肩でしょいきれる「現実」ではなく、
追いつめられた彼女が選んだ方法は、、、

最後、スクリーン向こうから客席に注がれる少女の視線を、
きちんと受け止めることのできる大人はいるのだろうか。

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2008/03/15

『魔法にかけられて』(24/100 '08)

ディズニーしかできないセルフ・パロディ!
なんだかんだいっても、決して侮れないディズニー!
子ども騙しと思って見に行かないのは、ぜったいに損!

と、回し者みたいなこと書きましたが。
いや、思わずそう書いてしまうほど、楽しい映画でした。
余計なことを考えずに、おとぎ話を心から楽しんでいたころの自分になって、
素直に映画の世界にとっぷりと浸かってしまうのが、いい。

最初のアニメシーンは、本当に短いというのに、もうきっちりディズニー。
途中のセントラル・パークのシーンは、ディズニーランドのパレードのよう。
そして最後はお約束の Happily ever after と、王道を一直線です。

字幕版を見たのだけれど、おとぎ話のセリフも満載で、
ふつうはこっぱずかしくて言えないようなセリフなんだけど、
なんだかワクワクして聞いちゃう自分がいる。
Over my dead body!(オレを倒してから行け)とか、
赤面ものなんだけど言われたいっ! みたいな(笑

主演のエイミー・アダムスのパレードふう演技もかわいらしく、
それと対照的なスーザン・サランドの女王様が恐ろしく怖い。
最初のアニメを見たとき、「もしや?」と思ったとおり、
実写になったら女王の僕がティモシー・スポールで、
「あぁぁぁ、まさにだなぁ」とニマニマ笑ってしまったり。
惜しむらくは、王子さまがちょっと不甲斐ないことだが、
これもディズニー流の皮肉なのかなぁ、と思わないでもない。

ディズニー映画はエンドロール後にちょっとしたオマケがつくことがあるけど、
これにはなかったな。それもちょっと残念。期待しすぎ?

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『グーグーだって猫である』(23/100 '08)

まだ春にもなっていないのに、今秋公開の本作を試写で見る。

原作は大島弓子。それを『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督が、
主演に小泉今日子を迎えて撮った作品。
吉祥寺が舞台で、なんだかほわほわしていて、
猫好きcatにはたまらない作品になってるなーーーと思う。

原作は読んだことがないけれど、なんとなく、
原作にかなり忠実に映像化しているんじゃないかなぁと思った。
犬童監督って、芯の強い女性を描くというイメージなんだけど、
今回も、おだやかで、しなやかで、あまり自己主張をしないんだけど、
どこか一本、だれにも流されない「自分」をもってる女性を描いてて、
それをきょんきょんが、なんだかすごぉくキレイに演じているなぁと思う。
ともすればほかの人に紛れてしまいそうなのに、
あとになって思い出してみると、だれより影響を与えた人、というか。

共演はほかに、アシスタント役で上野樹里と森三中。
上野樹里は、のだめ役は思いっきりハマってはいるんだけど、
個人的にはキッと睨みつけるような気の強い女の子を演じてるのが好きで、
今回も1シーン、病院での強烈な視線がものすごくよかった。

彼女の恋人役で、平川地一丁目の弟くん、林直次郎で、歌も歌います。
いやぁ、大きくなったなぁ、とか思うのは、すでにオバさん発言。
きょんきょんの相手役に、加瀬亮さん。口の減らない若者というか、
いつか口で人生失敗するんじゃないかという若さを見せるにーちゃんです。
そして、マーティ・フリードマンが、重要な役で出てきます。
しぶぅく英語でナレーションとかしちゃって、いいかんじです。
個人的に好きな、大後寿々花ちゃんも出ていて、このシーンは泣いた。

しかしなんといっても、アメショーのグーグーが、劇的にカワイイ。

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『バンテージ・ポイント』(22/100 '08)

春に向けて、仕事がちょっと忙しくなってきた。
映画に行く時間はなんとか捻出しているけれど、書くヒマがないのであ〜る。
これはじつは、公開初日に見に行ったもの。

ふだんはこの手の映画を劇場であまり見ないのだが、
トレーラーがおもしろかったので、見る。

作りとしては、どっちかというとテレビっぽい。
アメリカ大統領がスペインで演説に立ってすぐに狙撃されて、
それを目撃した8人の人間の視点を借りて、真実を明らかにしていく。
最初は何気なく、大統領が狙撃されて、爆発が起こるのを見ていると、
急にフィルムが巻き戻されて、コトの顛末の発端まで遡る、
で、今度はその同じ時間を、別の視点から眺めてみる。
そうすると、最初の映像とは違う事実が明らかになる。
で、「あれ? こゆことだったの?」と思うと、
これまた再びフィルムが巻き戻されて、例の「発端」まで遡る。

こうして何度か巻き戻されるたび、少しずつ真実に迫っていくわけだが、
8人の目撃者がいるからといって、8回も巻き戻さないのでご安心を。
さすがにちょっと飽きてきたなー、と思ったころを見計らうように、
止まっていた時間が流れ出して、後半はアクション映画に早変わりです。

アクションシーンとかは、「ありえねー」の連続だったりもするが、
ものすごくうまく映像を組み立てているので、迫力がある。
みずから「サスペンス・アクション」というだけあって、ホント順番通り、
サスペンスとアクションが楽しめる映画だった。

主役はとりあえずデニス・クエイドなんだが、なんだかえらくしわくちゃで、
ちょっとアクションするには年取りすぎなんじゃないのぉ〜? なんて、
むしろハリソン・フォードで見てみたいよ、とか思ったんだが、
ハリソンのがずっと年上だった。
デニス、53歳には見えんのよ。

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2008/03/02

『いつか眠りにつく前に』(21/100 '08)

映画の日なので、もう1本。

なんとなくギンレイにかかるんじゃないかという予感を抱きつつ、
『ジャンパー』とのタイムロスがほとんどなく見れたので、選ぶ。

「死に瀕した女性が、夢とうつつを行き来して、
 遠い昔に想い、かなわなかった人を思いおこす」

程度の知識しかなかったのですが、非常に美しい映画でした。

有名な歌手を夢見てクラブで歌うアンは、
二度の結婚でそれぞれ娘をもうけるものの、いまはひとり。
重い病で死に瀕していて、薬のせいか、夢とうつつを行ったり来たり。
「ハリスはわたしの人生最初の過ち」ということばを最初に、
母が知らないことをぽつりぽつりと口にするたび、
姉妹はさまざまな想いを抱いてゆく、という物語です。

現実では、自宅の二階のベッドで点滴につながれているアンが、
眠りに落ちてゆくたび、過去へとフィードバックしてゆくという構成で、
現実、過去、現実、過去、現実、、、と、交互に時間が織り込まれます。
現実も、そして過去の物語も一本の糸で繋がって流れてゆき、
私たちは、娘たちの知らない母の過去を見てゆきます。

娘たち、とくに下の娘は問題を抱えていて、
自分に自信がもてず、さだまることができず、不安定で揺れているのですが、
母親のうわごとのようなことばに触れるうち、少しずつ何かがかわってゆきます。
そして、最初「ハリスは過ち」と言っていた母が、突然正気にもどり、言うのです。

There's no such thing as a mimstake.

間違いなんていうものはない、と。
自分の人生、すべてが間違いなんだと思って生きてきた下の娘は、
もちろんこのひと言で人生が劇的に変わるわけではないのだけれど、
少なくとも、何を選んでも後悔するのならと、しないことよりも、することを選びます。
そしておそらくこの瞬間、母親自身も自分の人生を受け入れたように思います。

考えてみても、人生なんて思い通りにはいかないもの。
ふたつの選択肢があれば、その先にはさらにふたつの、違う選択肢がある。
生きるということは偶然の積み重ねにほかならないけれど、
でも少なくとも、それを自分で選び取ったのだと、
だれかに促されたのでも、迷っているうちにほかの選択肢が消えたのでもなく、
積極的に自分がそれを選んだのだと、そう思って生きるのがいい。
選ばなかった先に何があったかなんて、考えても仕方ない。

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『ジャンパー』(20/100 '08)

「映画の日に先行上映やるなんて、太っ腹だよな」
と思いながら、『ジャンパー』を見に行く。
予告編がおもしろそうだったので、期待大。

細かいこと言い出したらきりがないけど、
このジャンルの映画へのハードルは低いので、楽しく見た。
楽しく見たけど、なんか「おしいっ!」って思ったりもした。
もっとおもしろくできたんじゃないかなぁ、と。
でもま、原作があるということなので、限界なのかな。

ダグ・リーマン監督の傾向なのかもしれないけれど、
早すぎて見えないよ、と思うシーンがいくつか。
決して動体視力が悪いほうじゃないと思うんだけど、見えない。
みんな見えてんのかな、と思う。
サブリミナル効果じゃないんだから、ちゃんと見せてくれ、と。

もったいないのはそこじゃなくて、
ムダに素材のいい回転寿しみたいだなーー、と思ったのだ。
せっかくの素材、魅力を最大限に引き出せてないな、というかんじ。
もっともっとおもしろくなったんじゃないかと思うんだな。

とある筋から聞いた話によると、興行成績が良ければ続編を作る、と。
だもんで、あんな中途半端な終わりかたになってるんだろうと納得。
たった2シーンしかない役にダイアン・レーンを使うのも、そのためなんだろう。
サミュエル・L・ジャクソンの結末がああなのも、そのためなんだろう。
彼女が性懲りもなくついてくるのも、そのためなんだろう。

と、ついいらんこと考えてしまった。

その彼女を『テラビシアにかける橋』のアンナソフィア・ロブがやってて、
「ああ、キレイに成長してるなぁ」と喜んでたのに、
8年後の彼女はぱっとしない女優だよ、と思ったら、そのレイチェル・ビルソンは
主演ヘイデン・クリステンセンの実生活での彼女なんだそうで。失礼しました。

しかしなんといっても、あの『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベルが、
決してイイ男ってわけじゃないんだけど、味のある役者になっていて、よい。
あたし的にはヘイデン・クリステンセンなんかよりずっといい。

だがしかし、地下鉄銀座駅から地上に出たら、そこは渋谷の交差点、
っつーーーのは、日本人的にはやや許せない要素のひとつではある。

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『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』(19/100 '08)

某 Yahoo! のサイトではあんまり芳しい評価じゃなくて、
それを承知で、でもなんとなくすきな匂いがしたので、行ってみる。

なんでみなさん、そんなにキビシい評価だったんですかね?
ナタリー・ポートマンとダスティン・ホフマンならもっと、的な?
伏線いっぱり散りばめて期待募らせといて、そのオチかよ! 的な?
それとも、おもちゃ屋以外の映像ってもしかして手を抜いてる? 的な?
ありゃ、あたしも酷評っぽいようなこと書いちゃったけど、
でも、あたし的にはちっとも悪い作品じゃなかったな、と。

吹き替え版が用意されているのは対象に子どもを含んでいるからなわけで、
その意味で考えたら、オーソドックスで新味はないかもしれないけれど、
王道とは言わないまでも、正統派な映画だと思う。堅実、というか。

ファンタジーだし、魔法の世界だから、無理を承知でなんでもあり、
という作品にはなっていなくて、人の心のありようとか、
人と人との繋がりだとか、自分を信じること、人を信じること、
そして、キレイに幕を引くこと、引ける人生を生きること、
なによりも、大人になる過程で自分自身が色メガネをかけていること、
そんなメガネじゃ、ほんとうに大切なものは見えないことを、教えてくれる。

She dies.

そんなふうに、あたしも生きたいと、
キラキラを振りまきながら生きたいと、
そう思えたら、それがこの映画のメッセージ。

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『あの空をおぼえてる』(18/100 '08)

『冷静と情熱のあいだ』以来7年ぶりの、竹野内豊の主演作、
というふれこみの『あの空をおぼえてる』を試写で見る。

じつは『冷静と情熱のあいだ』は違う意味ですきな映画。
だいすきなチェリストの柏木広樹さんの出演作ですからね。
あたしにとっては「違う意味」じゃないんですけど、
世間一般の基準からしたら、方向はだいぶ違うと思う。
竹野内くんがすきで見るのとはわけが違います。
とか言いながら、竹野内くんはすきです。(すきなのかよ! と言われそう)

なので、ほくほくしながら見に行ったのですが、、、

主演、竹野内くんじゃないでしょ、これ。
主演は、広田亮平くんです、だれがなんと言っても。
やっぱり子どもと動物には勝てないんだよなぁ。と思ふ。

原作はジャネット・リー・ケアリーの児童文学です。
両親と兄妹の家族が、生まれてくる次の家族を待っているとき、
兄妹がそろって交通事故にあって、妹だけが命を落としてしまう。
しあわせな家族が、いっきに不幸のどん底へと突き落とされてしまうのですが、
兄・英治は、バラバラになりそうな家族をなんとか繋ぎ止めようと必死。
でも英治自身も、口に出せないある「想い」を抱えている。
どんなにがんばっても父親の心を自分は癒せないと思ったとき、
英治はある行動に出る。

まあるかった家族が、あるピースを失って、均衡が崩れて、
そこからはらはらと、足元の砂が崩れていくように崩壊してゆき、
幼い少年がひとり、必死になってもがき苦しんでいるのが哀れで、
広田亮平くんひとりに泣かされたかっこうです。

いやしかし、こういうときの父親というのは本当にダメダメです。
泣いて悔やんで仕舞い込んで、扉を閉ざして家族を閉め出して、
悲劇のヒロインのように女々しく、さめざめと泣き濡れて、いつまでも立ち直れない。
おまえがしっかりしろよっ! と、なんどスクリーンに向かって思ったことか。。。

だから余計に、英治くんが切なくてねー。
幼いながらも、涙を隠してできる限りのことをしようと心を痛めて、
笑顔を繕って、それまでの生活を取りもどそうと必死になって。
母親は、息子のその想いを受け止めて、新しく生まれてくる命のためにも、
とにかく前を向いて生きていかなくちゃと心を定めるのだけど、
父親は何か月たってもおいおいと泣いてるばかりなのですよ。
こんな情けない父親を、竹野内くんが演じてるわけです。

もともとが児童文学ですから、そう難しい展開があるわけでもないですが、
なんだかじわじわと涙を誘われて、心があったかくなる映画でした。
娘・絵里奈を演じた吉田里琴ちゃんは、不思議な魅力のある子でした。
天真爛漫な笑顔を見せるのですが、17くらいの少女に見える瞬間もあって、
なんというか、とにかく魅力的な女の子でした。

個人的にすきなのは、英治の同級生の「なおとくん」という少年。
湿っぽくなりがちな雰囲気をうまく乾燥させているかんじで。
主題歌が平井堅というのが売りのようですが、
中山うりの歌う挿入歌も、あたしの好みでよかった。
あと、エンドロールでたしか、劇中画が出久根育、とあった気がして、
これもあたし的には高ポイントなのでした。

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