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2009/11/26

息もできない(67/100 '09)

こちらも東京フィルメックスでの上映。
『フローズン・リバー』が母の物語ならば、『息もできない』は家族の、とりわけ父親をめぐる家族の物語、という趣き。

チンピラのサンフンは、世界中が自分の敵だと信じている男。
父親はかつて、自らの暴力で妻と娘を死に追いやっていた。
サンフンは15年の刑期を終えて出所してきた父を、いまだ許せない。
サンフンの、半分だけ血のつながった姉もまた、暴力の犠牲者だ。
夫の暴力に耐えかねて離婚した彼女は、息子を抱えてひとり生きている。
疎ましく思いながらも、サンフンは姉と甥の世話を焼かずにはいられない。

ある日、サンフンは勇ましくも自分に食って掛かる女子高生ヨニに出会う。
ヨニもまた、精神を病んでしまった父親と素行の良くない弟を抱え、息の詰まるような生活を送っている。
どこか、自分と同じ匂いを感じたふたり。まるでそこに分身を見たかのように、急速にヨニに近づいていくサンフン。
境遇が似ていながら、真っすぐに生きようと懸命なヨニを見ているうち、サンフンの心は少しずつ解けていく。

まだ間に合うかもしれない。
まだ、真っ当に生きるチャンスが残っているかもしれない。

足を洗う決意を決めたサンフンだが、絡めとられた運命は、容易にはほどけない。

結局、サンフンはヨニの弟に殴打されて命を落としてしまう。
それを知っているのは、ただ、観客である私たちだけ。

サンフン亡き後、ヨニはサンフンの姉と息子、サンフンの親友との付き合いを続け、やはり真っすぐに生きようと懸命だ。
それなのに、彼女は気づいてしまう。
弟がチンピラ仲間と場所代を払わない屋台を襲撃しているのを見て、
かつて母の屋台を襲撃していた男たちの中にサンフンがいたことを。
男たちに頭を殴られて連れ去られた母。いまは亡き母。
彼らの運命を絡めとった歯車は、個人の力ではどうにもならない、いわば社会の負の連鎖。
サンフンひとりが抵抗しようとしても、どうにも立ち向かえる相手ではない。

登場人物たちは互いに、相手の境遇をすべて熟知しているわけではない。
因果が巡り巡っているのを余すことなく見ているのは、スクリーンのこちら側の私たちだけ。
私たちだけが、サンフンの父の因果が娘に、息子に繋がっているのを見て、
私たちだけが、サンフンの因果がヨニの弟に繋がっているのを見る。
ヨニの弟がいつか、サンフンがヨニと出会ったようにだれかに出会い、
その弟に殺められるのではないかという、漠然とした不安を抱くのだ。

それでもヨニは、真っすぐに生きることを止めないだろう。
なぜなら、父と弟を憎悪し嫌悪するその思いは、愛情と表裏一体だからだ。
サンフンが憎悪し、嫌悪しながら同時に父や姉や甥を愛していたように、
ヨニもまた、父と弟を捨てられないからだ。
そこに、希望がある。

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